書こう書こうと思い続けて早くも半年以上が経ってしまった。
何を書いてもポジショントークになることを恐れていたものの、ややその文脈を離れることとなり、若干のメモを書こうと思い立った。



  1. 「内定辞退率」はそもそも計算可能かということ。
    報道や発表によれば、「当該採用企業における前年度の応募学生のリクナビ上での行動ログなどのデータを解析の対象に、その企業に対する応募行動についてのアルゴリズムを作成します。そこに、今年度に当該採用企業に応募する学生の行動ログを照合」することにより、「採用選考のプロセスが途絶えてしまう可能性」(内定辞退率)が計算できるらしい。
    なるほどただし、そもそもこういったプロファイリングや予測によって確率を計算するには、通常、正解となるデータが必要と思われる(この人は辞退した、という「正解」となる情報を別で確保し、そういう人がとった行動に似通っている場合に、辞退しやすいと予測する)。

    そこで考えるなら、いわゆる「求人情報サイト」において、応募から内定と承諾まで全てのプロセスが完結するとは思いづらいのである。
    内定はおそらく採用企業の人事から直接言い渡されるであろうし、ひとしきり数十もの企業への応募を終えたあと使わないままになった求人者が「自分は●●に内定/内定したが辞退/いったん内定承諾したけれど事後辞退しました」とわざわざ報告しに戻ってくるとも考えづらい。機能としてあったとしても、利用するだろうか。もはや内定は獲得したのだ。
    つまり、求職求人プラットフォーマーは、「正解」を持っていないのではないかという気がしてくる。持っているべき必然性があるかも疑問だが。雇用成立の空間において、第三者の介在はもっとも嫌われるものの一つである。雇用者被雇用者の当事者以外、誰がその帰趨を知るべきなのだろうか。

  2. 職業安定法 AIや機械処理とは誰か
    職業安定法5条の4は、「…職業紹介事業者及び求人者、労働者の募集を行う者及び募集受託者…(次項において「公共職業安定所等」という。)は、それぞれ、その業務に関し、求職者…の個人情報(以下この条において「求職者等の個人情報」という。)を収集し、保管し、又は使用するに当たつては、その業務の目的の達成に必要な範囲内で求職者等の個人情報を収集し、並びに当該収集の目的の範囲内でこれを保管し、及び使用しなければならない。ただし、本人の同意がある場合その他正当な事由がある場合は、この限りでない」とする。ヘッドハンターや人材紹介会社、派遣会社以外の、一般の会社が採用を行う場合にも規律が及ぶことはさることながら、必要のない個人情報の取得(収集)および利用(使用)が一応禁じられている。
    さらに、これに関して、平成 31 年厚生労働省告示第 122 号にあっては、「職業紹介事業者等は、個人情報を収集する際には、本人から直接収集し、又は本人の同意の下で本人以外の者から収集する等適法かつ公正な手段によらなければならないこと」と踏み込んだ指針が示されている。

    あまり意識されていないように思うが、そして元来的には、この規定はいわゆるバックグラウンドチェック等の手続規定として機能することが想定されていたのではないかと想像するが、ここで求められる同意は、使用者被用者(たる候補者)の「個」対「個」しか存在できない空間に、第三者を招き入れるための制度的な仕組みであったように思う。
    「労働者及び使用者の自主的な交渉の下で、労働契約が合意により成立し、又は変更されるという合意の原則」(労契法第1条)は、いうまでもなく労働法全体を通底する1個のテーマであり、これなくして健全な労働市場の存立・維持は見込まれない。

    今回のケースは、プライバシーが、個人情報が、内定辞退率が、という話になっているからわかりにくいものの、この内定辞退率データを生み出したリクナビは、まさにそのデータをエージェントとして「個」対「個」の空間に侵入し、身体性を持たないまでも両者の意思決定に影響を与えた。
    だからこそ、そもそも募集情報等提供を行う事業に過ぎなかったリクナビではやってはならないものだったし、これを乗り越えたとして手続き論として「同意」なかりせば正当化されないものだった。

    別論として職業紹介か受託募集を行う事業者であれば正当化される余地があったのかは、わからない。ただし、これらが採用候補者から報酬を受領することが認められないのなら、その動機をもつことが無いだろう、と言って安心してよいだろうか。
    事実と本人との面接・インタビュー以外に依拠する採用活動のみを認めるとしたら、正確さも担保されないうわさや統計的確率によるスクリーニングは制限できるが、過去の上司等に照会するリファレンスチェックも同時に制約されうることになる。
    難しい問題だが、残念ながら議論の蓄積は無いように思われる。第三者が設計したAIやアルゴリズムを採用関係にどこまで利用してよいのかは、職安法第36条との関係で本質的に問題となりうる。労働法関係の情報法を議論するのであれば、この職安法の巧みな仕組みをぜひ再評価してほしい。

  3. 個人情報保護法 プロファイリングを現行法で考えるなら
    同意の問題とはなりえないことを既に述べた。

    率直にいって、プロファイリングに関する議論は皮相をなめるのみで、賛否の双方がGDPRの一面的な理解やともすれば誤った解釈に基づいて議論をしているようにおもう。とはいえ、プロファイリングのうちのどれを規制すべきなのか、ということは、私見だが、EUですら答えを出せていないのだろう。ケースの積み重ねを待っているといえば待っている。もっとも、問題から逃げてはおらず、実質性の考慮を条文に含めることによって将来への準備は一応できている。
    日本の問題は、プロファイリングを定義し切ろうとすることではないかと考えている。不可能だとおもう。前回の個人情報保護法改正の議論をなぞっていても感じたが、けっきょく「個人情報」とはなにか、定義を延々やりあっていただけのように思われる。問題を見ないままに空中戦で定義あらそいをしている。何が「個人情報」に当たるのかを議論することがそんなに楽しかっただろうか。

    個人情報保護法のさらなる改正によって、プロファイリング規制が入るとかといった可能性も消えてはいないが、現行法上でも、これも光のこれまで当たらなかった問題として、第19条で求められる「正確性の確保」は、プロファイリングを正面から取り扱いうる根拠規定になる可能性がある。
    およそあらゆる評価は、プロファイリングとよばれうるが、なぜこれが問題かといえば、統計的傾向からの外れ値、マイノリティ、変な人、がいることを忘れさせかねないからだろう。人間の営みとその未来が均質化されているかのように、データに教えられ、企業行動がそのとおり形作られる。ある人にとっては、押しつけがましいと感じ、違うんだけどなと思い、ささやかな自由を奪われたように感じる。しかしそこに評価者である企業との対話の可能性はなく、決めつけられる。
    これから働きたいとおもって応募した企業なのだから、せめて私のことを知ったうえで落としてほしいではないか。これは法的保護に値しないのだろうか。

    飾りでしかなかった第19条が生き返ると、多少なり救われるのではないかとおもう。

  4. 最後に
    一方的にフォローしていただけだが、この問題のはるか前に瀧本先生がTwitterでおっしゃっていたことと、同じ問題なのだよな、と改めて。


    多少なり、ご見解に沿えたことを祈る。
    この記事をもって、フォローを終え、ご冥福をお祈りすることとしたい。